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和歌山地方裁判所 昭和29年(ワ)406号 判決

原告 藪中俊一 外三名

被告 小池藤左衛門 外三名

主文

一、被告等は、各自、

(一)  原告藪中俊一に対し、金五一三、三一七円、及び、内金四七六、一〇一円に対する昭和二十九年八月十四日から、内金三七、二一六円に対する同年十月一日から完済まで、年五分の金員を、

(二)  原告藪中実康、及び、同資康に対し、それぞれ金四七六、一〇一円及び、これに対する同年八月十四日から完済まで、年五分の金員を、

(三)  原告青木美恵に対し、金一五〇、〇〇〇円、及び、これに対する同年八月十四日から完済まで、年五分の金員を、

(四)  原告青木一美に対し、金四三、九〇九円、及び、内金三〇、〇〇〇円に対する同年八月十四日から、内金一三、九〇九円に対する同年十月一日から完済まで、年五分の金員を、

(五)  原告青木たか子に対し、金二〇、〇〇〇円、及び、これに対する同年八月十四日から完済まで、年五分の金員を、

支払わねばならない。

二、原告等のその余の請求は、これを棄却する。

三、訴訟費用は、原告藪中三名と被告等との間、及び、原告青木三名と被告等との間に生じた分について、いずれもこれを二分し、その一を原告等の、その余を被告等の連帯負担とする。

四、この判決は、被告等各自に対し、原告藪中三名において各金一五〇、〇〇〇円、同青木美恵において金五〇、〇〇〇円、同一美、及びたか子において各金一〇、〇〇〇円の担保を供するときは、それぞれ勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一、原告等訴訟代理人は、

一、被告等は、各自、

(一)  原告藪中俊一、同実康、及び、同資康に対し、各金八三三、二七一円、及び、これに対する昭和二十九年八月十四日から完済まで、年五分の金員を、

(二)  原告藪中俊一に対し、金一六六、〇〇〇円、及び、これに対する同年十月一日から完済まで、年五分の金員を、

(三)  原告青木美恵、同一美、及び、同たか子に対し、各金二〇〇、〇〇〇円、及びこれに対する同年八月十四日から完済まで、年五分の金員を、

(四)  原告青木一美に対し、金七三、三九四円、及び、これに対する同年十月一日から完済まで、年五分の金員を、

支払わねばならない。

二、訴訟費用は、「被告等の連帯負担とする。」

との判決、ならびに、仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、次の通り述べた。

一、被告上久保に対する請求原因。

(一)  被告上久保は、小型三輪自動車の運転免許を受けて運転業務に従事しているものであるが、小型四輪自動車については運転資格がないのにかかわらず、昭和二十九年八月十三日、被告小池正澄(以下単に被告正澄という。)が所有し被告小池藤左衛門(以下単に被告藤左衛門という。)が営業用に使用している、小型四輪自動車(トヨペツト貨物自動車、登録番号和四―八八九五号)に、訴外吉本義夫こと崔徳鎬(以下単に訴外吉本という)を同乗させてこれを運転し、和歌山市から和歌山県有田郡八幡村に帰る途中、同日午後三時頃、時速約二十五粁で海南市日方和歌山電気軌道日方停留所から約三十米手前の道路に差しかかつた際、前日来の睡眠不足のため睡気を催おし、正常な運転が期待できない状態になつたところ、このような場合には一時運転を中止する等、無謀操縦から生ずる事故を未然に防止すべき業務上当然の注意義務があるのにこれを怠り、漫然仮睡のまま進行した過失により、

(1)  同所二九三番地津村菓子店前道路上において、同所を同一方向に歩行していた藪中千代(大正十一年一月二十一日生原告藪中俊一の妻、同藪中実康、同資康の母)の背部に、本件自動車の前部を衝突させて同女を路上にてん倒せしめ、同女を約十米引きずつたまゝ進行した後、車輪をもつて同女を轢き、これにより同女に対し、脳底骨折、左脇肋骨三本骨折の傷害を与え、よつて同女をして同日午後四時頃死亡するに至らせ、

(2)  しかも、右事故に気付かず進行を続け、同所七九六番地滝本運動具店前道路上において、原告青木美恵(昭和二十二年九月二十七日生)に本件自動車を接触させ、車体下部に同原告のスカートを引つかけたまゝ同原告を引きずつて約十五米東進し、よつて、同原告に対し、全治まで百日以上を要する顔面、両前膊、両下肢、及び、左背部擦過傷、ならびに、右耳部挫創を負わせ

たものであつて、同被告は、右事実により和歌山地方裁判所に起訴され審理の結果、同年十月三十日禁錮十月に処せられ、右判決は確定した。

(二)  而して、右被告上久保の過失による不法行為により、原告等は次の通りの損害を蒙り、同被告に対し、これが賠償債権を有しているから、次の通りこれが賠償を求める。

(1)  原告藪中俊一、同実康、同資康の有する損害賠償債権。

(A) 藪中千代の得べかりし利益の喪失による損害。

藪中千代は、高等女学校卒業後、昭和十九年三月十八日、原告俊一と婚姻し、同二十一年九月二男原告実康を、同二十四年八月三男原告資康を出産し、心身共健康で平和な家庭を営みつゝ、二児を養育する傍ら、専ら農業に精励し、田七反余と畑一反余を耕作(自作)して、一ケ年少くとも金一一一、四〇〇円以上の純益を挙げていたものであつて、千代の一ケ年の生活費金三六、〇〇〇円を控除しても、なお一ケ年金七五、四〇〇円の余剰があり、千代が死亡せずになお生存するとすれば、今後も毎年右金額以上の収益を挙げ得べきところ、同二十九年十一月十五日厚生省統計調査部発表の日本人生命表によれば、千代の余命は、死亡時より少くとも三十九年以上であると認めるのが相当であつて、その間における千代の前記収益余剰金を死亡時において一時に支給を受けるものとすれば、ホフマン式計算法により中間利息年五分を控除して金九九六、八一三円となることは計算上明かであつて、千代は同被告に対し、これが損害賠償債権を有したものであるところ、千代の死亡により、原告等三名は、その三分の一づつを相続によつて取得した。

(B) 精神的苦痛に対する慰藉料。

原告俊一は、大正五年九月十八日生れで、農林技官として農林省和歌山食糧事務所岡崎出張所に勤務し、相当の資産を有して中流の生活を営んでいるところ、家庭の中心である最愛の妻千代を喪つたため、未だ幼少の原告実康、資康を抱えて途方に暮れている次第で、その精神的苦痛は絶大なものがあり、又、原告実康及び資康は、いずれも幼少にして慈母を喪つたため、その悲歎は見るに忍び難く、将来永年に亘る不幸は言語に絶するものがあり、右のような原告等三名の精神的苦痛に対する慰藉料は、各金一、〇〇〇、〇〇〇円を相当とする。

(C) 原告俊一のみの蒙つた損害。

原告俊一は、千代の夫として、同女死亡後同年九月末迄の間に、別紙第一表記載の通り、葬式その他の費用合計金一六六、一〇〇円を支出し、同額の損害を蒙つた。

(D) よつて、被告上久保に対し原告等三名は、それぞれ、(A)の相続債権金三三二、二七一円、ならびに、(B)の慰藉料の内金五〇〇、〇〇〇円、合計金八三二、二七一円、及び、これに対する千代死亡の日の翌日から完済まで、民法所定年五分の遅延損害金の、又、原告俊一は、(C)の損害金一六六、一〇〇円、及び、これに対する最後の損害発生の日の翌日から完済まで、民法所定年五分の遅延損害金の、各支払を求める。

(2)  原告青木美恵、同一美、同たか子の有する損害賠償債権。

(A) 原告美恵の慰藉料債権。

原告美恵は、前記傷害を受けるや、原告一美により直ちに病院に運び込まれ、適切最善の手当を加え、同年八月二十二日退院後も毎日通院加療に努めた結果、漸次快方に向い最近やゝ愁眉を開くを得たが、今なお上肢、下肢及び耳等に大小の後遺傷が残存し、女性としての原告美恵の、将来長年月に亘る肉体上、ならびに、精神上の苦痛は絶大であつて、その慰藉料は、金五〇〇、〇〇〇円を相当とする。

(B) 原告一美、及び、たか子の慰藉料債権。

原告一美(明治四十三年十月二日生)は、原告美恵の父で海南中学校、第六高等学校卒業後、先々代からの新聞販売業を継承して中流の生計を営み、又、原告たか子(大正十年一月一月生)は、原告美恵の母で、和歌山修徳高等女学校卒業後、更に専門学校を卒え、原告一美と婚姻後は、専ら子女の養育と原告等家庭の運営に当つているものであるが、いずれも、その最愛の長女原告美恵が、不時の重傷に苦痛を訴えるのを聞き、かつ、前記の後遺傷を遺した同女の将来を案じて、精神上の苦痛に堪えず、その慰藉料は、各金三〇〇、〇〇〇円を相当とする。

(C) 原告一美のみの蒙つた損害。

原告一美は、原告美恵の扶養義務者として、同女の前記負傷日から同年九月末日までの間、別紙第二表記載の通り同女の治療費合計金七三、三九四円を支払い、同額の損害を蒙つた。

(D) よつて、被告上久保に対し、原告美恵は、(A)の慰藉料の内金として、原告一美、及び、たか子は(B)の慰藉料の内金として、それぞれ金二〇〇、〇〇〇円、及び、これに対する本件事故発生の日の翌日から完済まで、民法所定年五分の遅延損害金の、又、原告一美は、(C)の損害金、及び、これに対する最後の損害発生の日の翌日から完済まで、同一割合による遅延損害金の、各支払を求める。

二、被告崔に対する請求原因。

被告崔は、三に述べる通り、土木建築下請負業を営む者であるが前記本件事故発生当日、被告藤左衛門、及び、正澄の承諾を得て本件自動車の修繕、その他、自己及び被告藤左衛門の事業に関する所用を果すため、本件自動車に乗車し、運転免許状を有しない訴外吉本及び被告上久保を同乗せしめ、この両名に本件自動車を運転させて、和歌山県有田部清水町大字久野原から和歌山市に向つて出発したが、海南市に至つて被告崔のみ下車したものであるところ、自動車を使用する者が、他人に命令して自動車を運転させる場合においては、運転免許を受けた者に命じて運転させるべき当然の注意義務があるにもかゝわらず、同被告は、この義務を怠り、前記の通り下車した後も、漫然と前記無免許の両名をして本件自動車の運転を継続させた過失により本件事故が発生したものであるから、同被告は、民法第七〇九条により、原告等の蒙つた一の(二)記載の通りの損害を賠償する義務があるから、ここに、被告崔に対し、その内、被告上久保に対して請求したのと同一の金員の賠償を求める。

三、被告藤左衛門、及び、正澄に対する請求原因。

被告藤左衛門、及び、正澄は、被告崔、及び、上久保の使用者として、民法第七一五条により、原告等の蒙つた一の(二)記載の通りの損害を賠償する義務がある。即ち、被告藤左衛門は、小池組なる商号で土木建築請負業を営む者、被告正澄は、被告藤左衛門の長男で同被告の営業全般の仕事に従事している者、被告崔は、被告藤左衛門の配下において、同被告の援助の下に土木建築下請負業を営む者であつて、被告藤左衛門、及び、正澄は合意の上、被告崔、及び、上久保を、被告藤左衛門の事業に使用する本件自動車の運転業務に従事させていたものであり、本件自動車は、昭和二十九年五月十七日、被告正澄の所有として登録されているけれども、同被告は、被告藤左衛門と合意の上、これを被告藤左衛門の請負業のために常用していたものであるところ、本件事故発生当日、被告、及び、上久保が、被告藤左衛門及び正澄の同意を得て、本件自動車の修繕、その他、被告藤左衛門及び崔の事業に関する所用のために、本件自動車を使用中、一の(一)、及び二に記載した通り、右両名の過失により本件事故を惹起し、よつて、原告等に対し、一の(二)に記載した通りの損害を蒙らせたものであるから、この損害は、被告藤左衛門及び正澄の被用者である右両名が被告藤左衛門、及び正澄の事業の執行につき加えたものというべく、同被告両名は、右両名の使用者として、原告等の損害を賠償する義務がある。よつて、ここに、被告両名に対し、連帯して、原告等の右損害の内、被告上久保に請求する金額と同一範囲の賠償を求める。

第二、被告等訴訟代理人は、「原告等の請求を、いずれも棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする。」との判決を求め、答弁として次の通り述べた。

一、被告上久保の答弁。

原告等主張の事実中、被告が、その主張の通りの過失による不法行為により、その主張の通り、訴外藪中千代を死亡させ、原告美恵に傷害を与えたことによつて、原告等に損害を加え、これが賠償責任があることは、認めるが、損害額については争う。

二、被告崔、藤左衛門、及び、正澄の答弁。

(一)  原告等の主張事実に対する認否。

原告俊一、実康、及び、資康と藪中千代との身分関係、ならびに、原告美恵、一美、及び、たか子の身分関係が、いずれも、原告等主張の通りであること、被告藤左衛門が、小池組なる商号を使用して土木建築請負業を営み、被告正澄がその長男であること、被告崔が、土木建築下請負業を営む者であること、訴外吉本が、被告崔の長男で運転免許証を有しないことは、いずれもこれを認めるが、その余の主張事実を争う。

(二)  被告崔の答弁。

被告崔は、本件事故発生当日、神戸市内の住居に行くため、訴外吉本とともに本件自動車に乗車し、同訴外人にこれを運転させて、肩書住居から和歌山市に向う途中、被告上久保から、同乗方依頼を受けた同訴外人が同被告を同乗させたものであるところ、被告崔は、海南市において国鉄に乗車するため下車し、爾後引続いて同訴外人が本件自動車を運転して和歌山市に行き本件自動車の修理を了えて帰る途中、海南市温山荘附近にさしかゝつた際、被告上久保が同訴外人に対し、自分が運転してやると云つて同訴外人と交替して本件自動車を運転した結果、本件事故を惹起したものであつて、被告崔は、被告上久保に対して、本件自動車の運転を命じたものではないから、被告崔に対する原告の請求は失当である。

(三)  被告藤左衛門、及び、正澄の答弁。

(1)  被告藤左衛門、及び正澄は、被告崔、及び、上久保を使用しているものではない。即ち、被告上久保は、従来製材業を営む訴外戸上正一に雇傭されていたもので、昭和二十九年八月十日頃同訴外人から解雇された由であるが、被告藤左衛門及び、正澄とはなんらの関係がない。又、被告崔は、建築業法による和歌山県知事認可(ロ)第一六六二号により、登録を受け、独立して土木建築請負業を営む者で、被告藤左衛門、及び、正澄に傭われたことがない。従つて、右両者間には、選任関係は勿論、指揮監督の関係は毫も存在しないものであるから、被告崔、及び、上久保の不法行為について、使用者として損害賠償の責に任ずべきいわれがない。

(2)  仮に、被告藤左衛門、及び、正澄と、被告崔、及び、上久保との間に、使用者、被使用者の関係があるとしても、前記(二)被告崔の答弁として述べたような経過で本件事故が発生したのであつて、被告藤左衛門、及び、正澄の事業の執行とはなんらの関係がないから、同被告等には、本件事故による損害を賠償する義務がない。

(3)  なお本件事故発生当時、本件自動車は被告正澄の所有でなく又被告藤左衛門の業務に常用していたものではない。即ち、本件自動車は、もと、被告正澄の所有として登録し、被告藤左衛門の請負業に使用していたことがあるけれども、昭和二十九年三月十日、被告正澄が、これを被告崔に対し、代金五二〇、〇〇〇円で売渡し、即日、被告崔から内金三〇〇、〇〇〇円の支払いを受けて、自動車検査証とともに同被告に引渡し爾来同被告において、その独立営業たる土木建築請負業に使用しており、同年五月十日までに残代金二二〇、〇〇〇円の支払いを受け、完全に同被告に本件自動車の所有権を移転し、譲渡証明書を交付ずみのものであつて、本件事故当時においても、本件自動車の登録所有者名義が、被告正澄となつていたのは、当時、自動車移転登録手続申請については、譲受人の戸籍謄本、及び、印鑑証明書の提出を要したところ、被告崔が第三国人である関係上、手続が煩雑であつたため移転登録を遷延したにすぎないものである。

(4)  以上の理由により、被告藤左衛門、及び、正澄に対する原告等の本訴請求は、いずれも失当である。

第三、証拠。

一、原告等訴訟代理人は、甲第一ないし第四十八号証、第四十九号証の一ないし四を提出し、原告藪中俊一、及び、青木一美各本人尋問の結果を援用し、乙号証はすべて不知と述べた。

二、被告等訴訟代理人は、乙第一、ないし、第十二号証を提出し、証人川本富夫、上西勇、中西唯楠、森本準一、大川徳能、硲愛子、戸上昌一、小池智、及び崔徳鎬(吉本義夫)の証言、ならびに、被告上久保、崔、及び、藤左衛門各本人尋問の結果を援用し、甲号証に対する被告等全員の認否として、甲第一ないし第二十三号証の成立を認め、第二十四号証、ないし、第四十八号証は不知(但し、第四十六号証中、官署作成部分の成立を認む)、被告崔の認否として、甲第四十九号証の一ないし四の成立を認め、同被告を除くその余の被告等の認否として、右甲号各証はすべて不知(但し、甲第四十九号証の一、二の内、官署作成部分の成立を認む)と述べた。

理由

第一、被告上久保に対する原告等の請求についての判断。

一、原告藪中俊一、実康、及び、資康の請求についての判断。

(一)  被告上久保が、原告等主張の通り、その過失による不法行為により訴外藪中千代を死亡させたことにより、原告等に対して、これによる損害を賠償する義務があることは、同被告の自白するところである。

(二)  よつて、右千代の死亡により、原告等の蒙つた損害額について判断する。

(A) 千代の得べかりし利益の喪失による損害。

成立に争いのない甲第一号証、原告俊一本人尋問の結果により真正に成立したと認められる同第四十七号証に、右本人尋問の結果を考え合わせると、千代は、大正十一年一月二十一日生れで、昭和十九年三月、原告俊一と婚姻して、同二十一年九月二男原告実康を、同二十四年三男原告資康を出産し、心身共健康で、右二児を養育する傍ら農業に精励し、田七反余と畑一反半余を自作して、これにより一ケ年少くとも金一一〇、〇〇〇円の純益を挙げており、その生活費として一ケ年金三六、〇〇〇円を要したことが認められ、従つて、千代が死亡せずになお生存を続けるときは、今後も毎年金七四、〇〇〇円以上の収益を挙げ得るというべきであるところ、同二十九年十一月十五日厚生省統計調査部発表の日本人生命表によれば、満三十年六月(千代死亡当時の年令。)の健康な女子の余命生存年数が、少くとも三十九年であることは、被告の明かに争わないところであるから、その間における千代の得べかりし収益の総額は金二、八八六、〇〇〇円となり、これを死亡時において一時に支払を受けるものとすれば、ホフマン式計算法により、中間利息年五分を控除して金九七八、三〇五円になることは計算上明かであるから、千代は、被告に対して右同額の損害賠償債権を有したものというべく、千代の死亡により、原告等三名がその三分の一、即ち、金三二六、一〇一円づつを相続したといわねばならない。

(B) 原告等の蒙つた精神的苦痛に対する慰藉料。

成立に争いのない甲第一、及び、第二十二号証ならびに、同第四十六号証(北野上村長作成の証明書)に、原告俊一本人尋問の結果を考え合わせると、原告俊一は、大正五年九月十八日生れで、農林技官として農林省和歌山食糧事務所岡崎出張所に勤務し、相当の資産を有して中流の生活を営んでいるところ、家庭の中心である妻千代を喪つたため、未だ幼少の原告実康及び資康を抱えて困つていることが認められ(尤も同三十年一月、後妻を娶つたが、右二児との間も円満にいつていないことが認められる。)、又、千代死亡当時における原告実康、及び資康の年令から考えて、千代死亡により同原告等の受けた悲歎の甚だしいことは容易に推認されるところであつて、右事実に本件事故の情況等諸般の事情を考え合わせるときは、その受けた精神的苦痛に対する慰藉料は、原告俊一については金一五〇、〇〇〇円、同実康、及び、資康については、各金一〇〇、〇〇〇円をもつて相当と認める。

(C) 原告俊一の葬儀費用等支出による損害。

原告俊一本人尋問の結果によつて真正に成立したと認める甲第二十六ないし第二十八号証と、右本人尋問の結果によると原告俊一は、千代の夫として、同女の死亡により、別紙第一表(ホ)の葬儀費の内金二七、二一六円、及び、(チ)の満中院供養費の内金一〇、〇〇〇円、合計金三七、二一六円を支払い、よつて同額の損害を蒙つたことが認められるけれども、同表記載のその余の費用を支出したことについては、これを認めるに足る証拠がない。

(三)  そうすると、被告上久保は、原告俊一に対し、(二)の(A)ないし(C)に示した損害金合計金五一三、三一七円、及び内金四七六、一〇一円((A)、(B))に対する千代死亡の日の翌日から、内金三七、二一六円((C))に対する、これが最終支出日の後である同二十九年十月一日から完済まで、各民法所定年五分の遅延損害金を、又、原告実康、及び、資康に対し、それぞれ(二)の(A)及び(B)に示した損害金合計金四七六、一〇一円、及び、これに対する千代死亡の日の翌日から完済まで、前同一の遅延損害金を支払う義務があるわけであるから、原告等の同被告に対する請求を、右限度において正当として認容し、その余の部分を失当として棄却する。

二、原告青木美恵、一美、及び、たか子の請求についての判断。

(一)  被告上久保が、原告等主張の通り、その過失による不法行為により原告美恵に対して傷害を与えたことにより、原告等に対して、これによる損害を賠償する義務があることは、同被告の自白するところである。

(二)  よつて、原告美恵の傷害により、原告等の蒙つた損害額について判断する。

(A) 原告美恵の蒙つた精神的苦痛に対する慰藉料。

成立に争いのない甲第二十三号証、及び、原告一美本人尋問の結果により真正に成立したと認められる甲第四十五号証に右本人尋問の結果を綜合すると、原告美恵は、本件傷害を受けるや直ちに海南市民病院に入院して治療を続けた結果、漸次快方に向い、約三ケ月後には身体に機能上の障害が認められないまでに快癒したが、右前額部、右耳、両手、及び、左膝関節部等数ケ所に、挫創及び擦過傷痕が残り、その部分に褐色等の色素が沈着し、そのため、夏季においては、左膝関節及び左肘等の傷痕を、ほう帯をして隠すようにしており、朗かであつた性格も、本件傷害を受けて後は内気で神経質になつていることが認められ、女子である同原告が、本件傷害により肉体上ならびに精神上非常な苦痛を受け、又現に受けつゝあることが容易に推認されるところであつて、これが慰藉料額は、金一五〇、〇〇〇円をもつて相当であると認める。

(B) 原告一美、及び、たか子の蒙つた精神的苦痛に対する慰藉料。

成立に争いのない甲第二号証、及び第二十三号証、ならびに原告一美本人尋問の結果を綜合すると、原告一美(明治四十三年十月二日生)は、原告美恵の実父で、海南中学校を卒業第六高等学校を中退して後、先々代からの新聞販売業を継承して年収約五〇〇、〇〇〇円を得て中流の生計を営み、原告たか子(大正十年一月一日生)は、原告美恵の実母で、修徳高等女学校を経て黒山女学校専攻科を卒業後、原告一美と婚姻して、その間に長女原告美恵、長男敏を設け、専ら子女の養育と家庭の運営に当つているものであるが、前示本件事故によつて受けた傷害により、原告美恵が訴える苦痛、ならびに前示後遺症に悩み、これによる性格の変移を来した同原告の様子を眺めて、いずれも甚だしい苦痛を受けていることが認められるところ、右事実に、本件事故の情況等諸般の事情を考え合わせるときは、原告両名の受けた精神的苦痛に対する慰藉料は、それぞれ金三〇、〇〇〇円をもつて相当と認める。

(C) 原告一美の蒙つた治療費等の損害。

被扶養者が、他人の不法行為によりその身体に傷害を受けて入院加療をした場合に、扶養義務者が被扶養者を入院させる際、これを手伝つた者に対する謝礼、入院中ならびに退院後の治療費、入院中の附添婦に対する謝礼、その他入院中必要とした諸雑費を支出したときは、加害者にこれが賠償を請求し得ることはいうまでもなく、また、加害者ないし損害賠償義務者の調査のために支払つた必要費の賠償をも請求し得るといわねばならないけれども、被扶養者の全快祝のための贈品代は、通常被扶養者に見舞の金品を贈つてくれた者に対して、その謝礼の意味で贈る品物の代価であるから、これを不法行為による損害ということができないところ、原告一美が原告美恵の本件傷害により蒙つたと主張する、別紙第二表記載の費用の内、(ト)記載の原告美恵全快祝贈品代が、本件不法行為による損害といえないことは、右説示により明かであるから、以下同表(イ)ないし(ヘ)、及び、(チ)の費目の損害金について考えてみるに、原告一美本人尋問の結果と、これによつて真正に成立したと認められる。

甲第二十九号証によると、同表(イ)の内金七〇〇円。

同第三十二、第三十六、及び、第三十七号証によると、同表(ハ)の内金五、四一四円、

同第三十号証によると、同表(ニ)の内金二、九六五円、

同第三十一、第三十八、第四十三、及び、第四十四号証によると、同表(ホ)の内金四、八三〇円、

合計金一三、九〇九円を支払つたことが認められるが、その余の主張支出額については、右原告本人尋問の結果によるも、これを認めるに足らず、他にこれを認めるに足る証拠がない。尤も、右原告本人尋問の結果と、これにより真正に成立したと認められる甲第三十九、及び、第四十号証によると、原告一美が、本件不法行為の加害者調査のため、自ら自家用車を駆つて被告等住所に向う途中、道路が悪かつたために右自動車に故障が生じ、これが修理のため同原告が金三、一五〇円を支払つた事実が認められるけれども、右は、本件不法行為と相当因果関係があるということができないものである。

(三)  そうすると、被告上久保は、原告美恵に対し、(二)の(A)に示した慰藉料金一五〇、〇〇〇円、及び、これに対する本件事故発生の日の翌日から完済まで、民法所定年五分の遅延損害金を、同一美、及び、たか子に対し、それぞれ、(二)の(B)に示した慰藉料金三〇、〇〇〇円、及び、これに対する前同様の遅延損害金を、同一美に対し、(二)の(C)に示した損害金一三、九〇九円、及び、これに対する最後の損害発生の日の後である同二十九年十月一日から完済まで、前同率の遅延損害金を支払う義務があるわけであるから、原告等の同被告に対する請求を、右限度において正当として認容し、その余の部分を失当として棄却する。

第二、被告崔に対する原告等の請求についての判断。

一、凡そ、或る事業を営む自然人が、その事業の執行としてなすべき行為を、故意又は過失によりその行為に不適任な他人に命じてなさしめた場合に、その他人が受命行為を行うにあたり、過失による不法行為によつて第三者に損害を与えた場合、過失ある命令行為(選任行為)と損害との間に相当因果関係が認められる場合には、命令者は、民法第七一五条により、使用者として不法行為の責を負うべきことはいうまでもないが、命令者は、更に、自ら過失による不法行為を行つた者として、同法第七〇九条による責に任ずべく、損害を受けた者は、右命令者に対して、右両法条の内いずれの責任を追及することも可能であると解すべきである。而して、自己が使用する自動車の運転を、他人に命じて行わしめる者は、該自動車の運転免許を有する者をして行わせるべき注意義務を負担していることはいうまでもないところであつて、右義務を怠り、運転免許を有しない他人をして運転させた場合においてその者の過失による運転により第三者に損害を加えたときは、自動車使用者は、自ら不法行為者としての責に任ずべきである。

二、これを、本件被告崔の関係について考えてみるに、成立に争いのない甲第十五、ないし、第十八号証、及び、第二十一号証に、証人吉本義夫こと崔徳鎬の証言、ならびに、被告崔、及び、上久保本人尋問の結果(以上いずれも後記信用しない部分を除く。)を綜合すると、被告崔が、本件事故発生当日偶々盆休みで本件自動車の運転手が休んでいたため、長男訴外吉本を通じて、小型三輪自動車の運転免許を受けているのみで、同四輪自動車の運転免許を受けていない被告上久保に、本件自動車の運転を依頼させてその承諾を得、自己が神戸市内の住居に行くためと、本件自動車の修理のために、本件自動車を、先ず、運転免許を有しない長男訴外吉本に運転させ、被告上久保とともにこれに同乗して肩書住所から和歌山市に向う途中、被告上久保が訴外吉本に代つて運転することを暗黙の内に承認し、自らは海南市において下車するや、爾後は、右両名をして引続きこれを運転させて、修理のため和歌山市に行かせたことが認められ、右各証拠に、成立に争いのない甲第三、ないし、第十四号証を綜合すると、訴外吉本が、和歌山市内で本件自動車の修理を終え、これを運転して帰る途中、海南市の手前で被告上久保と運転を交替し、同被告が運転して進行中、原告等主張の通り、同被告の過失により、本件事故が発生したことが認められ、右認定に反する甲第二十一号証の記載、及び、証人崔の証言、ならびに、被告崔本人尋問の結果の各一部は採用することができず、他に右認定を覆えすに足る証拠がない。

三、そうすると、運転免許を有しない被告上久保をして本件自動車を運転させた被告崔の過失と、被告上久保がその過失による運転によつて本件事故を惹起した結果、原告等に加えた前示第一に認定した通りの損害との間に相当因果関係があるというべく、同被告と被告崔は被告上久保と連帯して、これが賠償をする義務があるものというべきであることは、前示一に述べたところによつて明かであるから、被告崔に対する原告等の本訴請求中、被告上久保に対すると同一範囲内における部分を正当として認容し、その余の部分を失当として棄却する。

第三、被告藤左衛門、及び、正澄に対する原告等の請求についての判断。

一、民法七一五条による使用者の責任を認めるためには、使用者が被用者を選任し、又は、指揮監督し得る関係の存することを要することはいうまでもないところ、請負業者が請負工事の一部を、更に、他の請負業者に下請させた場合においても、元請人が下請人に対して指揮監督の権限を持つている場合においては、両者の関係を使用者と被用者というべく、元請人は、下請人が下請工事の執行について他人に加えた損害を賠償する義務があるというべきところ、土木建築のような工事を下請させる元請人は、下請人に対して指揮監督の権限を有することが通常であるから、下請人の不法行為によつて損害を受けた者が、元請人に対し使用者責任を追及するためには、元請人と下請人との間に下請負が存することを主張立証することを以て足るのであつて、元請人において、下請人に対する指揮監督権を有しないことを主張立証した場合にはこの責を免れることができると解すべく、この場合、注文者に請負人に対する指揮監督権がないということを前提とする一般の請負契約について規定した同法第七一六条の適用がないと解すべきである。

二、これを被告藤左衛門及び、正澄の関係について考えてみるに、

(一)  被告藤左衛門が、小池組なる商号で土木建築請負業を営む者であり、被告崔が土木建築下請負業を営む者であることは当事者間に争いがなく、本件事故発生当時、被告崔が、被告藤左衛門が請負つた水害復旧工事の一部(砂利運搬等)を下請していたことは、証人崔徳鎬及び川本富夫の証言、ならびに、被告藤左衛門本人尋問の結果によつて認められるところ、被告藤左衛門において被告崔に対する指揮監督権がなかつたことについては、これを認めるに足る証拠がない。そして、本件事故発生当時、被告正澄が病中の被告藤左衛門に代り、その請負事業に関する一切の権限を行使していたことは、被告藤左衛門本人尋問の結果によつて認められるところである。従つて被告藤左衛門は使用者として、同正澄は事業の代理監督者として、被告崔が右下請事業の執行について他人に加えた損害を、同被告と連帯して賠償の責に任ずべきことは、一に述べた理由により明かである。

(二)  よつて、本件事故が被告崔の右下請事業の執行中に惹起されたかどうかについて考えてみる。

或事業に使用する自動車に故障が生じ、これが修理のため自動車を運転中、第三者に損害を加えた場合において、右運転を事業の執行というべきであることは多言を要しないところ、本件事故が、本件自動車の故障修理を終り、和歌山市から被告崔の住所に帰る途中惹起されたこと、ならびに、これが被告崔の過失によるものであることは、いずれも前示第二に認定した通りであつて、証人崔徳鎬、川本富夫、及び、上西勇の証言に、弁論の全趣旨を綜合すると、当時、本件自動車が、被告崔が被告藤左衛門から請負つた下請工事の砂利運搬、ならびに、連絡用に使用されていたことが認められるから、被告等と被告上久保との使用関係について判断するまでもなく、被告藤左衛門及び正澄は、原告等に対し、本件事故により原告等に加えた前示第一に認定した通りの損害を賠償する義務があるといわねばならない。よつて、被告藤左衛門、及び、正澄に対する原告等の本訴請求中、被告上久保に対すると同一範囲内における部分を正当として認容し、その余の部分を失当として棄却する。

第四、よつて、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九二条、第九三条を、仮執行の宣言について同法第一九六条第一項を適用して、主文の通り判決する。

(裁判官 下出義明)

第一表

費目 金額(円)

(イ) 電信電話等の通信費 一、三〇〇

(ロ) 交通費(自動車、電車、バス乗車賃) 五、六〇〇

(ハ) 見舞客接待費(茶菓、賄料) 一五、三〇〇

(ニ) 手伝者謝礼 三、三〇〇

(ホ) 葬儀費 八五、二〇〇

(ヘ) 供養費(会葬者等に出した山菓子代用品代等) 六、〇〇〇

(ト) 会同費(葬儀後七週間における毎週の会向費) 八、四〇〇

(チ) 満中院の供養費(お布施、供養物、賄料等) 四一、〇〇〇

合計 一六六、一〇〇

第二表

費目 金額(円)

(イ) 海南市谷口医院治療代 一、二五〇

(ロ) 同市岡田医院治療謝礼 一、〇〇〇

(ハ) 海南市民病院治療代 六、八二四

(ニ) 同病院看護婦雇婦の心附 八、五〇〇

(ホ) 入院中これに要した諸雑費 一六、五二五

(ヘ) 原告美恵負傷当時における救助者謝礼 二、〇〇〇

(ト) 原告美恵全快祝贈品代 二九、六七五

(チ) 加害者ならびに損害賠償責任者の調査及び賠償請求必要費 七、六〇〇

合計 七三、七七四

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